勝五郎の読書雑記

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万代湯(大阪市住吉区万代)

2/11(土)に入りに行った万代湯の写真を撮り忘れていたので、土曜日にあった関西てくてく銭湯住吉ツアーの時に撮ってきた。

この古めかしい正面がまず良い。
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下足箱の手前がこういうふうになっているのは初めて見た。
履物を脱いでから立つ部分が半島のような形になっているというペニンシュラスタイル。
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脱衣場の写真はまたもや撮り忘れた。
これは女湯。
重厚かつ美しい石の床。隙間は市松模様。
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牡丹湯の水鉢・湯鉢は現役ではなかったがこちらはバリバリの現役。
しかしなぜ湯鉢には円形に繰り抜かれた木蓋があるのか。
これがあると子どもが間違って入ったり、うっかりタオルを入れたりし難いからだろうと思う。
ボートで鍛えた筋肉モリモリのじいさんが上がりしな自分のタオルを水鉢に堂々と突っ込んでいるのを目撃してそう思った。
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この洗面器は男湯だけにある。
たった2つだけ。
側面には「浴場・専用」と書かれていて底面には「ゆ」一文字。
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湯上りのタオルを絞る洗面台の曲線が美しく、縁のタイル処理も素敵。
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唯一撮った脱衣場の写真は女湯側にしか無いこの赤ちゃんを載せる台。
いいね~。
ここに孫を俯せに寝かせて尻を噛みたい。d0188185_22501456.jpg

この日はテレビ大阪の方が二人取材に来られていた。
当日の様子は明日2/28(火)の夕方のnewsBIZで放送されるらしい。d0188185_22503040.jpg
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by furomikan | 2012-02-27 23:34 | 銭湯 | Comments(0)

牡丹湯(大阪市住吉区帝塚山東)

関西てくてく銭湯の住吉ツアーに参加した。

大阪駅から住吉車庫までの12.2kmをバスで移動し、そこから住吉区のいろんなところをてくてくして最後に名銭湯「万代湯」に入るというツアーだが、最後は近くにあるもう一つの名銭湯「牡丹湯」に入ってきた。

たこせんやコロッケ、ぬれ煎餅などパクつきながら寒い2月の雨上がりの午後を3時間ほど歩いた後のお風呂はすごく気持ちよかった。

銭湯に到着したのが午後5時15分頃。
白ペンキできれいに塗られた木製の看板とその下の違い棚風の飾り軒がめっちゃエエ。
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木の蓋のある上がり湯用の湯鉢はもう使われておらず、その隣りの水鉢も20cm程しか水が入っていなかった。d0188185_2047759.jpg
木製の下足入れにも目を奪われる。
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最後のこの写真を撮ったのが午後7時20分頃。
江戸時代の物価についての本を読んでいたらたっぷり2時間も経っていた。
番台のおばあちゃんに帰りの駅までの道順を聞いて「おおきに!」と戸を開けて出た。
「よう来てくれはったね~。おおきに」というおばあちゃんの嬉しい声で身も心もサッパリした!

しかし俺はアホやった。
この銭湯の美しい脱衣場とその天井の写真をすっかり撮り忘れていた。
旅心を誘う経営者の田舎である富山県の五箇山のポスターも。
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by furomikan | 2012-02-25 23:59 | 銭湯 | Comments(0)

センス・オブ・ワンダーを探して - 生命のささやきに耳を澄ます -

福岡 伸一 (著), 阿川 佐和子 (著)
★★★☆☆
「生きている」とはどういうことか。
かけがえのない子ども時代の出会いと感動に導かれ、いのちと世界の不思議に迫る極上の対話。
1章 子ども時代は不思議の入口
2章 生きているとはどういうことか
3章 科学の進歩は人間を幸福にするのか?
4章 私たちが見ているもの、見えなくなっているもの
5章 「自分だけの物語」との出合い
6章 再び世界を繋ぎ直すために

福岡伸一さんと阿川佐和子とのどちらにも全く関心がなかったが、図書館の「新しい本」のところにこの本があって面白そうな内容だったので借りて読んだ。
本の内容は普通だったが、おふたりがどんな人なのか少し分かったのと、いくつかの面白そうな本が欄外で紹介されていたのが収獲だった。
前項で書いたレイチェルカーソンの「センス・オブ・ワンダー」もその内の一つ。
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by furomikan | 2012-02-24 00:29 | 読書雑記 | Comments(0)

センス・オブ・ワンダー

Rachel Carson (原著), 上遠 恵子 (訳), 森本 二太郎 (写真)
★★★☆☆
Amazon.co.jpによる内容紹介
化学薬品による環境汚染にいち早く警鐘を鳴らした書として、いまも多くの人々に読み継がれている名著がある。『沈黙の春』だ。その著者レイチェル・カーソンの遺作として、彼女の友人たちによって出版されたのが本書である。
本書で描かれているのは、レイチェルが毎年、夏の数か月を過ごしたメーン州の海岸と森である。その美しい海岸と森を、彼女は彼女の姪の息子である幼いロジャーと探索し、雨を吸い込んだ地衣類の感触を楽しみ、星空を眺め、鳥の声や風の音に耳をすませた。その情景とそれら自然にふれたロジャーの反応を、詩情豊かな筆致でつづっている。鳥の渡りや潮の満ち干、春を待つ固いつぼみが持つ美と神秘、そして、自然が繰り返すリフレインが、いかに私たちを癒してくれるのかを、レイチェルは静かにやさしく語りかけている。
そして、レイチェルが最も伝えたかったのは、すべての子どもが生まれながらに持っている「センス・オブ・ワンダー」、つまり「神秘さや不思議さに目を見はる感性」を、いつまでも失わないでほしいという願いだった。そのために必要なことは、「わたしたちが住んでいる世界のよろこび、感激、神秘などを子どもといっしょに再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、すくなくともひとり、そばにいる」ことだという。本文中に挿入されているメーン州の海辺、森、植物などをとらえた写真も美しい。『沈黙の春』と同様、読者の魂を揺さぶらずにはおかない1冊である。(清水英孝)

レイチェルカーソンが夜空に輝く無数の星を見たときについての記述。

  わたしはそのとき、もし、このながめが一世紀に一回か、
  あるいは人間の一生のうちにたった一回しか見られないものだとしたら、
  この小さな岬は見物人であふれてしまうだろうと考えていました。
  けれども、実際には、同じような光景は毎年何十回も見ることができます。
  そして、そこに住む人々は頭上の美しさを気にもとめません。
  見ようと思えばほとんど毎晩見ることができるために、
  おそらく一度も見ることがないのです。

これを読んで植村直己の言葉を思い出した。

  君たちに僕の考えを話そう。
  僕らが子どもの時に目に映る世界は新鮮で全てが新しかった。
  やりたいことは何でもできた。
  ところが年をとってくると疲れてくる。
  人々はあきらめ、みんな落ち着いてしまう。
  世界の美しさを見ようとしなくなってしまう。
  大部分の人たちが夢を失っていくんだよ。
  僕はいつまでも子どもの心を失わずにこの世を生きようとしてきた。
  不思議なもの、すべての美しいものを見るために、
  子どもの純粋な魂を持ち続けることが大切なんだ。
  いいかい、君たちはやろうと思えばなんでもできるんだ。
  僕と別れた後もそのことを思い出してほしい。

ついでに、久保田麻琴が歌った井上ケン一作詞の「チャイナタウンブルース」の一節も思い出した。

  西も東も 南も北も
  どこへも行けるさ いつでも
  行こうとさえ 思えば

この2つの言葉は私が心の中でとても大切にしているものだが、ちょっと手の離れそうなところに行っていたのでこれを機会に引き戻し、レイチェルカーソンの言葉も覚えておこうと思った。
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by furomikan | 2012-02-19 21:06 | 読書雑記 | Comments(0)

落語のひみつ

桂 平治 (著), 大友 浩 (著), 阿部伸二 (イラスト)
★★★☆☆
著者からのコメント
初心者向けの本で、とにかくわかりやすく書くことを心がけました。
けれども内容は、入門書の範疇を超えた深みのあるものになっている......と自負しています。楽しくサラッと読めて、落語のことが深く学べる、なおかつ、実際に落語に接するときに秘かに力になる、そういうことを考えて作りました。
少し具体的に紹介しますと、この本では「前座修業」「協会」「寄席」に焦点を当てた落語論を展開しています。実はこの三つは「三位一体」で、そのことを理解すれば落語への理解が深くなるはず......というのが私の持論です。このことは今まで、ほとんど(というか、私の知る限りでは全く)語られたことはありませんでした。
著者・大友浩氏より

これを読んで「大工調べ」で与太郎が滞納した家賃の「一両二分と八百」がいくらかということを具体的に考えてみた。

小判一枚 = 一両 = 一分金4枚 = 一朱金16枚 = 銅銭4000枚(4000文)
銅銭1枚は一文であり、「一両二分と八百」の八百というのは銅銭800枚のこと、つまり一両の5分の1である。
ここまではこの本に書いてあった。

一文が現在のいくらかは分からないが、落語に出てくる二八蕎麦が一杯16文であり、現在の立ち食いのかけ蕎麦が一杯200円とすると、一文は12.5円となる。(そうすると一両は50,000円)
「一両二分と八百」のうちの「一両二分」は銭にすると6,000文、と「八百」はもちろん800文で、合計6,800文。
これに12.5をかけると85,000円。
かけ蕎麦を一杯300円と考えると、1.5倍の127,500円。これじゃあ因業大家も怒る。

かけ蕎麦一杯200円と考えて、落語で出てくるいろいろな金額を今のお金に換算してみよ。
「一文笛」の笛は一文で12円50銭。
「雛鍔」でオハッサイの若様が庭で拾ったのも銅銭1枚の一文で12円50銭。
「鼠穴」の竹二郎が兄(アニ)さんからもらった三文は37円50銭。たったの。
「芝浜」(桂三木助)の勝五郎がちゅーちゅーたこかいなと数えた82両は410万円。当分遊んで暮らしたくなるね。
「柳田格之進」で柳田格之進が盗んだとされたのが50両で250万円。
「文七元結」の文七が左官の長兵衛に投げつけられたのも50両の250万円。そらオカミさんが夜通し怒るのも当たり前。
「帯久」の和泉屋与兵衛が”売れず屋”の帯屋久七に最初に貸した20両は100万円で、最後に貸した100両は500万円。
「お神酒徳利」で出てくるのは75両(375万円)に30両(150万円)、5両(25万円)、300両(1,500万円)と景気が良い。
「崇徳院」の熊五郎が親旦那から約束してもらった褒美も300両と蔵付きの借家五軒とそれまでの借金棒引き。
「千両みかん」の夏の蜜柑は1個千両でこれはなんと5,000万円!

「火焔太鼓」の甚兵衛さんが仕入れてきた太鼓は一分で12,500円。
最初この噺を聞いた時、この一分はせいぜい1,000円くらいのものと勝手に思っていたが、今思うと甚兵衛さん12,500円もだして、オカミさんにドヤされるような太鼓をよー買ってきたもんやな・・・。
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by furomikan | 2012-02-18 19:59 | 読書雑記 | Comments(0)

雨上がり

今朝の通勤途中、雨上がり靭公園の交番の前に落し物の子ども用長靴があった。
雨で濡れたらアカンからということで逆さまに置いといた人の優しさが伝わってきた。
お母さん、見つけたってや~。
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by furomikan | 2012-02-15 23:43 | 自転車 | Comments(0)

三崎千恵子さん、ありがとう

私の大好きな映画、山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズのおばちゃん役の三崎千恵子さんが亡くなったという新聞記事を見て慌てて書き込んでいる。90才での老衰だそうである。

おばちゃんやさくらが嬉しそうにしている「とらや」の茶の間。
そこに寅さんが闖入して茶の間に恐慌が起きる。
おいちゃんが言う「バッカだね~」。

なぜこんな映画が面白いのかうまく説明できないが、三崎千恵子さんたちの名演がその理由のひとつであることは確かだ。
おばちゃん、天国でも達者でね!
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しかしこの第10作「男はつらいよ 寅次郎夢枕」の八千草薫との亀戸天神のシーンの寅さんのモテっぷりはスゴイね。
(上の写真はそれとは別のシーンだが)
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by furomikan | 2012-02-14 23:49 | その他 | Comments(0)

ジェノサイド

高野 和明 (著)
★★★★★
内容(「BOOK」データベースより)
急死したはずの父親から送られてきた一通のメール。それがすべての発端だった。創薬化学を専攻する大学院生・古賀研人は、その不可解な遺書を手掛かりに、隠されていた私設実験室に辿り着く。ウイルス学者だった父は、そこで何を研究しようとしていたのか。同じ頃、特殊部隊出身の傭兵、ジョナサン・イエーガーは、難病に冒された息子の治療費を稼ぐため、ある極秘の依頼を引き受けた。暗殺任務と思しき詳細不明の作戦。事前に明かされたのは、「人類全体に奉仕する仕事」ということだけだった。イエーガーは暗殺チームの一員となり、戦争状態にあるコンゴのジャングル地帯に潜入するが…。

特殊部隊等出身の傭兵達と父を亡くした理系大学院生。どうつながっていくのかと思いながら読んでいくうちに一つの生物が鍵となって出てくる。最近読んだ中で一番面白かった。

上方落語では見台で小さな拍子木をカチッと鳴らして場面転換させるが、本書では(もちろん多くの他の小説でもそうであるが)、1行空白を空けることによって日本・コンゴ・アメリカなど場面が心地よく入れ替わっていく。
登場人物がとても魅力的で、ウォーレン・ギャレットとルーベンス、それとピグミー族のエシモが私は好きだ。

「ヒト(ホモサピエンス)」という種類の生き物がどういう特徴を持っているのか、あんまり考える機会がなかったので、そういう視点の描写も興味深かった。
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by furomikan | 2012-02-12 18:09 | 読書雑記 | Comments(0)

伝法のお好み焼き屋さん「福島」

イカ玉450円にうどんを入れてもらって550円。
右半分は普通にソース味、左半分はマヨネーズの上に醤油をかけて、両方とも青のり・鰹節に一味唐辛子。
やはり、ウマイ!

(月曜日と金曜日は休業です)
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by furomikan | 2012-02-05 21:50 | その他 | Comments(1)

それでも、自転車に乗りますか?

佐滝 剛弘 (著)
★★★☆☆
内容(「BOOK」データベースより)
日本の自転車の多くは、歩道を歩行している。そのことで、歩行者との摩擦が絶えない。法律には「自転車は車道通行」と書かれているのに、なぜなのか。
自転車が加害者となる死亡事故が頻発し、かつては考えられなかったような高額の賠償判決が出されるようになった。著者もまた、自転車事故の加害者として苦悩を経験したのである。問題の根っこは、利用者も、行政も、長らく自転車のことを“簡単な乗り物”と誤解してきた点にある。
本書では、それが、自動車やオートバイと何ら変わりのない、「危険な乗り物」であることを認識してうえで、具体的な解決策を探っていく。

著者自身が自転車事故で加害者になったり(自転車の著者が信号無視してオートバイに当たった)、その1年後にまた息子さんが事故を起こしたり(中学生1年の息子さんが乗る自転車が歩道で幼児に当たってしまった)して大変だったということが本人によって書かれている所がこの本の最大の特徴である。解決までにご自身の事故では3ヵ月、息子さんの事故では何と4年もかかったというから、私の子供にも、もちろん私自身にも十分な注意喚起が必要だ。

隣の国、韓国で自転車行政の大転換がなされているレポートなど、多面的な自転車に関する視点が盛り込まれている本だった。

最後に書いておくと、自転車に対して否定的と思えるような書名であるが、著者は自転車を大いに愛しておられるバリバリのサイクリストである。
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by furomikan | 2012-02-05 20:53 | 読書雑記 | Comments(0)